お客様へ 研修の為勝手ながら本日16:0…
山梨の名工 父:深沢信夫とのお別れ
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- 投稿者:国家検定1級技能士 深沢友貴
私事ですが、山梨の名工であり、日本のジュエリー業界に多大なる功績、影響を与えた
父:深沢信夫が今年7月に満92歳で亡くなりました。
無事葬儀~新盆供養~9月の社葬と滞りなく行うことができました事をお伝え申し上げます。
まずは、その為時間的制約が発生してしまい、承っておりましたリフォーム、オーダー品の製作、納品等の遅れが1ヶ月半~ほど生じてしまいました。
ご心配をおかけしました事、皆様に深くお詫び申し上げます。

父の生き方の原点「守、破、離」
随分前ですが父が一冊の本を著書として、名刺代わりに刷った
「創業の原点 守、破、離」があります。
守破離とは本来は武道、茶道などの修行習得における成長段階を示すものになります。
父は早い時期から自分の活動に対して、この守、破、離の精神をベースに事業を取り組んで参りました。
今の時代からしますと、少々根性論的なイメージを彷彿させますが、昭和の時代に生きた父としては
「追いつけ追い越せ」の時代でもあり、いわゆる「成り上がり」が大量に目立つ時代、消えていく者も目
立つ中、父はこの精神を貫き、そしてそれを礎に生きてきたのだと、亡くなった後も息子の私でさえも感
銘を受けております。
逆に今の時代「背伸び」ばかりが目立つ中、私どもの様な職人仕事というカテゴリーでは、今でも必要な精神なのかもしれません。

数々の表彰
業界に如何に功績を残したのか?の証拠の数々の賞状。
とにかく仕事に熱心で、常に活動を止めない、そんな人物でした。
息子の私でさえ知らなかったモノも多数あります。

実用新案や特許を量産
特許など十数点の発明も今までに取り組んで参りました。
日本人の女性の50%の方が、父が考案した金具を所有している計算になります。
全世界、ナショナルブランドからも支持されております。
世界にわたり、父の精神が宿った金具が下支えしている事を考えると
本当に日本の宝飾業界にいなくてはならない存在だった、と言っても過言ではない存在でした。

第一回国家検定1級技能士試験にて一発合格
写真は昭和時代の、第一回国家1級技能検定の実技試験で製作する立爪リングです。
当時は2日間で製作するスケジュールだったそうですが、父は仕事が早すぎて、1日かからずに作ってしまったそうです。*その後は8時間に変更となった様です。
父は国家1級の資格を40代で一発取得しましたが、私は30代で一発取得したのがせめてもの親孝行だったでしょうか。
私が合格の報告をした時の父の嬉しそうな顔を、今でも忘れません。

業界の重鎮として海外との交流
私が幼い頃、父はよく海外へ足を運んでいました。
私の大師匠でもある、元御木本装身具の工場リーダーであった『故)宮入袈裟雄』氏らと共に
ロシアを鉄道で横断し、ヨーロッパへ抜けていくルートで行き、数か国で宝飾業界との交流を行った話などは
当時の私に多大な影響を与えてくれワクワクしたほど、スケールの大きい夢の様な話でした。

社葬にて最後のお別れ
7月に葬儀をすませ、8月の新盆供養、そして9月の社葬と滞りなく行うことができました。
この間に東京~山梨間を何度往復したことか。。。
最後の社葬では、無事に父への最後の感謝の意を伝える事が出来ました。
父さん、人生大変お疲れさまでした。

父:深沢信夫の軌跡動画
最後に父の軌跡動画です。
宜しかったらご覧ください。
独立して東京でやりなさい
まだ私が駆け出しのころ、そう言って肩を押してくれたのが父でした。
そしてお店をオープンしてから、21年という月日が経ちました。
結果私の兄は父の事業を継ぎ、私は父が生まれた東京で家業を継いだ形になります。
どこまでやれるか分かりませんが、父から受け継いだ志を胸に刻み
宝飾業界人として、皆様のお役に立てるようこれからも頑張って参りたいと思います。
お読み下さりありがとうございます。




